Era of Suiseisha水星社の時代
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Era of Suiseisha

「パリのお嬢さん」(Mademoiselle de Paris)
という世界的なミリオンセラーがある。当時のフランス人お気に入りの歌手ジャクリーヌ・フランソワが「巴里の醜聞」(1948)という映画のテーマ曲として歌い大ヒットさせた。この曲は、彼女の代名詞になりしかも1955年には、その曲名そのままの「Mademoiselle de Paris」という映画になった。
この映画の邦題が1955年公開の映画「水色の夜会服」である。

ジャクリーヌはこの映画の中で2曲主題曲を歌い、表題の「Mademoiselle de Paris」は、再ヒット。もう一曲の「ポルトガルの洗濯女」も又大ヒット。今度は「ポルトガルの洗濯女」という曲名を
タイトルにした広告代理店が舞台の合作映画(未公開)が作られる程の人気となった。日本では2曲とも日本語でよく歌われた。映画は今では一般からすっかり忘れられているが…。

ジャン・デッセが衣装担当)
この「水色の夜会服」公開に重ねるように登場したのが、中原美紗緒であった。
彼女は「Mademoiselle de Paris」を「パリのお嬢さん」という邦題に変えてキングレコードからデビューした。
ちょっと分かりにくいが、ようするに、和製「パリのお嬢さん」和製ジャクリーヌ・フランソワである。

中原美紗緒
彼女は、中原淳一の姪であり芸大声楽科出身。ここが大きなポイントである。
中原淳一はこの時代雑誌「それいゆ」を1946年に創刊して、若い女性のトレンドであったイラストレーター兼アート・プロデューサーである。
「それいゆ」は、最盛期の「an・an」や「流行通信」のような側面もあり、日本のサブカルチャー、特に若い女性に計り知れない影響を与えた。
中原美紗緒は、パリに行かずにキャリアを積んだ。
中原淳一(それいゆ文化)を背景に持つ彼女をキングレコードと水星社が押した。
とにかく映画音楽の主題歌が多い。ペギー葉山や雪村いづみは英語圏の映画主題歌を沢山歌ったが、中原はヨーロッパ系の映画音楽主題歌を総なめにした。
最初から映画音楽と水星社とは、深い繋がりがあったが、それを宣伝し紹介したのが、中原ということになる。
彼女が歌った映画主題歌のエビデンスを探しながら、私は“時代”に触ることが出来た。
今にすると彼女の様な“スクリーンテーマの女王”が、成り立った事が信じられないが、確かにそういう時代があったのだ。
中原はスターになり、女優として、TVで「あんみつ姫」の主役をやるほどの人気だったが1963年に結婚、1966年に子育てのため引退した。
その後、また歌い始めたが、映画ブームは去っていて、オリジナルでの歌のヒットはなかった。
彼女が、いかに多くの映画主題歌をカバーしたか、記しておきたい。彼女こそ映画時代の象徴であり、そのほとんどが水星社の管理楽曲であった。
※中原歌唱による映画主題歌
………以下フランス映画
・我が青春のマリアンヌ(1955)
・首輪のない犬(1955)
・フルフル(1955-1956日本公開)
・かえらぬ夢 =(「ヘッドライト1955-1956日本公開」主題歌)
・遥かなる国から来た男(1956-1957日本公開)
・ミアルカ =(「恋多き女」1956主題歌)
・河は呼んでいる(1957)
・すずらん祭り(1958)
・奥さま御用心
(1957-1958日本公開)
・シベールの日曜日(1962-1963日本公開)
・マンハッタンの哀愁(1965-1966日本公開)
※マル・ウォルドロンの「all alone」に日本語作詞。
……以下イタリア映画
・ジェルソミーナ =(「道1954-1957日本公開」主題歌)
・どうにかなる =
(「青春群像1953-1959日本公開」主題歌)
・芽ばえ(1957-1958日本公開)
・三月生まれ(1958-1959日本公開)
・死ぬほど愛して =(「刑事1959-1960日本公開」主題歌)
・夜は恋人 =(「甘い夜1962-1963日本公開」主題歌)
……以下合作映画その他
・悲しみよこんにちは
(1957-1958日本公開)
・太陽が目にしみる(1965-1966日本公開)
・ローマよさよなら=(「ローマの七つの丘1957日本未公開」挿入歌)
・ある恋の物語(メキシコ1956日本未公開)※1958主題歌のみ発売
・制服の処女(ドイツ1958)
・ジャニー・ギター =(「大砂塵1954-1956日本公開」アメリカ映画主題歌)
