Era of Suiseisha水星社の時代
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Era of Suiseisha

水星社の膨大な管理所有楽曲をいくつかに区切っていて、改めて映画主題歌の多さに驚かされている。
前回も書いたが、映画のサウンドトラックや主題歌を日本人が好み、主題歌に日本語詞をつけてレコードが売れた文化は、振り返るとかなり特殊な文化であった。
敗戦国独特の徒花文化だとは良くわかりつつ、改めて気付かされたのは、ラ・ロシェル映画祭がルネ・クレマン特集をした時に私の所有しているクレマンのいくつかのポスターを貸した時であった。
運営側の映画好きの若いスタッフとルネ・クレマンの代表作の一本「太陽がいっぱい」
(表紙)の話になった。
ところが、あのニーノ・ロータのメロディを彼等は何も気にかけていなかったのだ。
これは以前に、もっと年配の評論家マックス・テシエと話した時もそうだった。
そう言えば映画評論家が、主題歌まで拘って語ることはまずない。
私の中では、「太陽がいっぱい」は、アラン・ドロンとマリー・ラフォレとがあのテーマ曲と完全にセットになって記憶されている。
どれだけ沢山のラジオ番組で聴いた事か。
しかしフランスでは、アラン・ドロンの評価が日本よりずっと低く、ましてや彼の映画主題歌など、一般の印象には残っていないのだ。
この背景と思い込みの違いは決定的だ。
日本人がこの「太陽がいっぱい」の主題歌を強く心に刻んだのは、その時のラジオ文化があったからだった。
我々はこの魅力的な主題歌を聴きながら、映画の場面を繰り返し思い出し、何度もラジオにリクエストを繰り返した。

アラン・ドロンは稼ぎもいっぱい。
「太陽がいっぱい」の規模ではないが、水星社のリストにある映画「スウェーデンの城」(1963)のテーマもよくラジオで耳にした。
これは、当時いつもフランスの芸能の話題の真ん中にいたフランソワーズ・サガンの戯曲をロジェ・ヴァディムが監督、モニカ・ヴィッティからジャン・クロード・ブリアリ、ジャン・ルイ・トランティニャン、フランソワーズ・アルディまで集めて作った、おとなの艶笑劇だった。
雪深いスウェーデンの城で繰り広げるブルジョワエロ話は、スノッブすぎて日本では受けなかったが、レイモン・ル・セネシャルの音楽は非常に注目された。
ルグランとはまた違う、フレンチジャズの粋な魅力!
ピエール・バルーが歌詞をつけて「冬の一日」という素敵なシャンソンにした。
主題歌は、バルーとは関係なく映画のイメージで日本語がつけられて、当時、日本のシャンソンの世界で、際立つスターだった岸洋子が歌った。

「スウェーデンの城」のテーマは、ラジオがあってヒットした映画主題歌の好例であり、改めて皆に聴いて貰いたい傑作の一つでもある。
日本の独特の映画主題歌とラジオの文化は、戦後25年くらいは続き、世界の音楽を一般に浸透させる大きな力となった。
アメリカ音楽はもとより、シャンソンやカンツォーネの流行と切っても、切れないが、
フリー・ミュージックもワールド・ミュージックも日本人に理解する下地を作ったのは映画音楽だと言う事がわかる。逆にそれは、映画の力の証明だし、明らかに日本人の洗脳に映画を使った戦勝国が恐ろしい。
木下美智子はヨーロッパ映画の主題曲に拘ったが、アメリカ映画をどう思っていたのか…。そのあたりが気になって仕方がない。
